承久記 - 36 胤義子供斬らるゝ事

 判官胤義が子供、十一・九・七・五・三になる五人あり。矢部の祖母の許に養ひ置きたるを、権大夫、小河の十郎を使に立て、皆召されけり。尼も力及ばず。「今度世の乱れ、偏に胤義が仕業なり。惜しみ奉るに及ばず」とて、十一になる一人をば隠して、弟九・七・五・三を出だしけるこそ不便なれ。
 小河の十郎、「せめて幼稚なるをこそ惜しみもし給はめ。成人の者を止め給ふこと然るべからざるよし」責めければ、尼上立ち出でて手をすりて言はれけるは、「宣ふ所は理なり。されども五・三の者共は、生死を知らざれば、あきれたるが如し。なまじひに十一まで育て、みめかたちも勝れたり。ただこの事を守殿へ申し給へ。五人ながら斬らるゝならば、七十になる尼、何か命の惜しかるべき」と言ひければ、小河なさけある者にて、許してけり。
 四人の乳母、倒れ伏して天に仰ぎ悲しみける。保元の昔、為義の幼稚の子共斬られけん事、思ひ出だされけり。さてあるまじき事なれば、みな首をかく。