また胤義を召して、「伊賀の判官光季・少輔入道親広をば討つべきか。また召し籠むべきか」と仰せあはせられけり。胤義申しけるは、「親広入道は弓矢取る者にても候はず。召されてすかし置かせ給て、一方にも指し遣はされ候べし。光季は源氏にて候ふ上、義時が小舅にて弓矢をとる家にて候へば、召され候ともよも参り候はじ。討手をさし向けられ候べしと覚え候。さりながら先づ両人召さるべく候ふか」と申す。
先づ少輔入道をめさる。やがて参るべしよし申して、御使帰りて後、親広入道、光季が許へ、「三井寺の強盗しづめん為にとて、急ぎ参るべきよし仰せ下さるゝ間参り候。御辺にも御使候ひけるやらん」というたりければ、判官、「いまだこれへ使も候はず。召しに従つてこそ参り候はめ」と返事す。親広入道は百余騎にて馳せ参ず。
殿上口に召されて、「如何に親広。義時既に朝敵となりたり。鎌倉へつくべきか、味方へ参ずべきか」と仰せ下されければ、「いかでか宣旨をそむき奉るべきよし」申しければ、「さらば誓書を以て申すべきよし」仰せらる。二枚書きて、君に一枚、北野に一枚参らせけり。この上は一方の大将に頼み思召すよし仰せ合はせられけり。
その後光季を召さる。判官、院の御使に出合ひ申しけるは、「光季はかたの如く鎌倉の代官として京都の守護に候を、先づ光季を召して後こそ、自余の武者をば召さるべきに、今まで召されず候間、大方不審一つに非ず候。軈て参るべきよし」申し候。御使一時の内に重ねて「遅し」と召されけれども、過ぎにしころ怪しき事を聞きし上、大将殿御使も様あり。人より後に召さるゝ事もかたがた以て怪しければ、ご返事には、「何方へも仰せ蒙りて直に向ふべく候。御所へは参るまじきよし」を申しければ、「光季めははや心得てけり。急ぎ追討すべし。今日は日暮れぬ。明日向ふべきよし」胤義申してその夜は御所を守護し奉りけり。